うめぼしwwwwwwww
うごいてるんだがwwwwwwww
茶色っぽい卵……
なんかヒビ入ってたから、使っちゃおうと思ってボウルに割ったら
……なんか、入ってた
うーんと
……うめぼし?
これは、買った店にクレームだろうか 生産者のがいいかな
てゆーか、卵割ったらうめぼし……?
たまご、とりあえず半分ゆでた
一個食べたら半熟どころかまだ白身が固まっていなかったので、再度ゆでた
今は水につけてある
あしたの朝食べよう
茶色っぽいたまごはなんとなくまだとってある
冷蔵庫の中
今日は朝から作業配信をしてみた
おかげさまで4000文字くらい書けたし、初配信だったのに同接が600を越えた
びっくり
コメントあんまり拾えなくて申し訳なかったな
今度配信するときは、作業じゃなくて雑談にしよう
二日坊主にならないようにさっさと書いてしまおうとおもう
ノマドしていたら、となりの席の若いマダムたちが文フリの話をしていた
びびった
え、来年行ったらはちあわせるじゃん どうしよ
作業しててぜんぜん話聞いていなくても、知っている単語は耳に入って来るもんだね
若マダムが文フリに出すものってなんだろうー
なんか、若マダムって二次創作のイメージが強かった 偏見はいけない
わたしもいつか文フリ出たいなー
いつかね
日記を書くだなんて何年ぶりだろう
三日も続いたことがないから、今回もちょっと不安
でも『宿題』だとおもえばがんばれるかもしれない
そして、宿題を終えなければ読みたい本の続きが読めない
これはいまだかつてない書く動機だ
これで書けなかったらわたしは日記を書かない星の下に生まれたということだろう
とりあえず、一カ月はがんばるよ
今日から禁酒しようかな、なんて気持ちになっている
うそってどうやってつけばいいのかな、なんかわかんないね
とりあえず明日の更新分はもう書いた ばっちり
買った
届くまでにけっこう時間がかかった
書店に行く方が早かった
でも届いてよかった
冒頭の部分は、Webの試し読みで拝読していたのだけれど、愛を感じた
「わたしのために、あの花村萬月先生が本を書いてくれた!」とツイートしたい勢い
それでですね、第2講まで読んだのです
そこでですね、『ノートに手書きでも、スマートフォンに入力でも、手段はどうでもいいのですが、今日から日記をつけなさい。』という宿題が出たのです
しかも、『虚構日記』なんですよ
うそを書いていくんです
そして『次の第3講を読む日まで最低一ヶ月間、一日も休まずに虚構日記を書き続けることが最重要で、しかも嘘の度合いが増せばますほど、この宿題の点数は上がっていきます。』とのこと
なんてことだ
一カ月先まで続きを読んではいけないだなんて……!
ということで、『虚構日記』のタグで、今日から書いていきます
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もう企画参加者現れないとおもっていたよ……よかった……
感想二作品目です
ネタバレを含むため、ぜひ作品を読まれてからわたしの感想へ進んでいただければと思います
作者:たびー
以下、わたしの感想
書き出しのていねいな状況描写が、主人公である山崎教授の置かれている状況や心境を切実さをもって伝えてくれていると思いました。矢ノ浦くんの無邪気な若々しさと涙ぐむ様子がその対比にもなっていて、山崎教授が抱くたとえようのない喪失感を描写しながらも、どこかあたたかみを感じるのがとても印象的です。それがこの作品の色にもなっていると感じます。
五年経ったと言えど、たかが五年。亡き妻・和歌子さんの影がそこかしこに見える暮らしぶりの中、本人がどう感じていたにせよ、アコちゃんが山崎教授の支えとなっているのは疑いようもなく、和歌子さんが「アコをお願いね」と言い残した気持ちもわかる気がします。できる範囲で奥様の遺言を実践しつつ生活しているロマンスグレーの少し猫背になってしまった教授とか最高ですね。猫背かどうかは知りません。
わたしはオルフェウスとエウデュディケを思い出したのですが、このお話にはヨモツヒラサカの方がしっくり来ますね。見んな! の説得力が違うw
たぶんこれは「作者の人そこまで考えてないよ」案件だと思うのですが、香りの描写が対比されていておもしろいなと感じました。山崎教授が生活している場では美味しそうなカレーの香りが強調され、和歌子さんと会えたヨモツヒラサカでは、香水と思われるベルガモットの香りがする。黄泉の国の食べ物は口にしてはいけないと言われていますし、和歌子さんが旦那さんに長生きしてもらおうと考えているのが、香りの変化を通しても読み取れるのでは。まだまだ、みんなとカレーを食べて生きていきなさいよ、と。すみません、妄想です。この邂逅のあと、山崎教授はもう少し背筋を伸ばせるようになったのではないかな、と感じます。妄想です。
和歌子さんとの逢瀬が、倒れたことによる幻覚的なものであったとしてもいいと思います。本人がまっすぐに歩くための励みになったであろうことは想像に難くないですから。そしてわたしもアコちゃんの恋、成就させてあげたかったなあ……。でも、そんなちょっとだけのビターさも、幻想的ながらしっかりとした手触りのあるお話となるスパイスだと感じます。わたしもイケオジカレー食べたい。
たびーさん、読ませてくださりありがとうございました!
いろいろあって日本の教育現場の歴史を調べていた
そういえばそんなこともあったなあ、と思うことが多く、メモっておきたかったため、こちらに書いておく
きっかけはこちらのブログが検索ヒットしたこと
その中に
中学受験は何かと昔のキリの良い○周年が大好きです。1982年、1992年、2002年、2012年も何があったか調べてみると良いですね。
とあったわけです
調べました、はい
日本の歴史教科書歪曲問題とは、教科書検定によって日本の侵略行為が正当化されるなど、日本が歴史を歪曲しているという問題である。特に1982年には、この問題が国際問題に発展し、多くの人々に知られるようになった。
日本の教科書検定は、戦後全体的に緩やかであったが、文部大臣に検定権が移され、第一次・第二次教科書攻撃が起こり、しだいに検定強化の道へと進むようになる。しかし、1965年に家永教科書裁判が起こり、1982年には日本の歴史教科書歪曲に対してアジア諸国から抗議され、世論の批判が高まるなど、日本の侵略・加害の記述が教科書に書かれるようになり、改善されてきた。
この1982年教科書問題とは、日本の歴史教科書の記述が検定によって「侵略」が「進出」に書き換えられたというマスコミ報道を契機にアジア諸国から批判され、国際化した問題である。アジア諸国の新聞に日本の教科書問題に関する批判が多数掲載されるなど、国際批判が激化したことにより、日本政府は宮沢談話という形式で「政府見解」を発表し、文部省の是正措置などによって解決した。(強調、赤字はブログ主による)
ほーん あれか
まず、小学校での英語の授業を実施するか、議論が始まったのは1986年です。
1980年代には高度経済成長に伴ってグローバル化が進んだため、英語を話せる人材の確保を重要視していました。
しかし、中学以降の英語教育では十分な成果を挙げられていないことから、小学生から英語教育を学ばせることに注目が集まります。
その結果、1992年に大阪にある研究開発学校で英語教育を試験的に実施することになり、各都道府県に1つずつ研究開発学校が指定され、小学校での英語教育が広がりました。
へえー、そうなんだー
このPDFが詳しかった
90年代は、しだいに南京大虐殺や従軍慰安婦問題などが教科書に記述されるようになってきた。しかし、2002年度版中学歴史教科書の内容が歴史を歪曲している傾向があるとして、現在再び教科書問題が起こっている。「侵略」という用語も「進出」に書き換えられており、約20年前の1982年教科書問題当時の状態に逆戻りしてきている。(強調、赤字はブログ主による)
そして
上記で行われた研究開発学校での英語教育が一定の成果を得たため、2002年になって全国の小学校で本格的に英語教育が取り入れられるようになります。
教育の水準を保つことを目的とした、小学校学習指導要領に告示されたのは1998年であり、そのなかで「総合的な学習」として外国語を入れることが決定しました。
この決定により、小学3年生以上の授業において英語学習に時間が確保できるようになったため、瞬く間に英語教育が広まります。
あくまで総合的な国際理解教育の一環であるため義務教育ではありませんが、保護者から英語教育に対する要望も強く、数多くの小学校で英語教育が実施されました。(強調、赤字はブログ主による)
歴史と社会の教科書が混乱して、英語もやることになってたいへんやな!
そしてみなさんご存じ
ゆとり教育について 川端 希望 興梠 有加里 築地 文枝 中村学園大学短期大学部幼児保育学科 (PDF)
日本教職員組合が「学校5日制」と共に「ゆとり教育」を提起したのは 1972 年のことである。 その後、学習指導要領の改正や学習内容、授業時間の削減を繰り返して実質的にゆとり教育が開 始されたのは 2002 年である。 ゆとり教育とは、個人の学習ペースに合わせて授業を進める教育のことであり、知識を重視す る「つめこみ型」の教育が批判されるようになったことを契機としてゆとり教育の考え方が誕生 した。それまでのすべての児童・生徒が一律に学習すべきとされた標準のカリキュラムでは、内 容の分からないまま授業が先に進んだり、すでに分かっている子どもにとっては退屈だったりと 授業の形骸化が進んでいるとの指摘があった。その為、学習内容を必要最低限の範囲に留めて、 教室や学校の実態に合わせた授業の展開を現場の教師に任せることにより、「ゆとり」の中で豊か な人間性や「生きる力」を育むと同時に、基本的な内容を確実に定着させ、個性を生かす教育を 目指していた。このように、個人に特化した教育がゆとり教育である。(強調、赤字はブログ主による)
……ゆとり教育の定義初めて読んだんだけどさあ……これ担任の先生に丸投げってことやんなあ……
けっきょくこれで、みんな塾に通うようになって、通えない子との差が開いちゃったの皮肉だよね
2002年まとめ
・1982年に「侵略」と書き換えられた部分が、「進出」へと戻された(2002年教科書問題)
・1986年に検討され、1992年、1996年と段階を踏んで導入されてきた小学校での英語教育が、全国へ導入される(小五、小六での『外国語活動』としての必修化は2011年) また、中学校では義務化される
・1972年から提唱されていた『ゆとり教育』が導入された
難関校の偏差値や、塾ごとの合格者数が注目された。また不景気や震災の影響で、首都圏では中学受験者が減少するといわれるなか、小3保護者の半数が「中学受験」を検討し、文京区、千代田区、世田谷区、目黒区、港区、中央区、渋谷区では私立中への進学率が3割を超えることがわかった。(強調、赤字はブログ主による)
これかなあ?
【中学受験】2012年首都圏難関校合格者数…日能研、SAPIX、早稲アカ、四谷
これとか見ると、
えっぐ
以上です
昨年末に文藝賞で一度限りの短篇部門の募集がありました
わたしも応募するつもりでしたけれど、ぜんぜん書けず
自分への発破かけのつもりもこめて、11月ごろからTwitterで『#文藝賞短篇部門応募してみた』という企画を立てました
もし落選したら、みんなで健闘をたたえ合いたいね
もし受賞したら、みんなでお祝いしたいね
という趣旨で、ハッシュタグつきで投稿してくださった方の作品を読みたい! というものです
先日受賞作が発表されたため、一足早く応じてくださった方の作品を読みました
そちらの作品の紹介と感想を書いて行きます
ネタバレを含むため、ぜひ作品を読まれてからわたしの感想へ進んでいただければと思います
作者:藤和
以下、わたしの感想
かわいらしいお話でしたね! わたしはハムスターを飼ったことがないのですが、それでも太朗の一挙手一投足が目に見えるような描写が印象的でした
頬袋に入れたまま寝ちゃうとかかわいい
一人称、かつ手紙という形式で書かれることにより、主人公が太朗へと向ける温かい眼差しがそのまま表現されていると感じます
日常描写も愛情に富んだもので、とりわけ主人公が太朗のためににんじんを克服するエピソードは『親馬鹿』という言葉が用いられるのにぴったりなほほえましいものと感じます
穏やかな生活の中にも起伏があり、かつ時間経過を感じさせるのは、太朗の年齢カウントだけではなかったように思います
主人公の置かれている状況が少しずつ変化すること、確定的な言葉はないにせよ主人公が抱いている小さな孤独感、そしておそらく手紙を受け取る後輩たちも年々違う人になっているだろうと予感させる、どこか静かな物哀しさのような空気感がとてもキレイです
ラストはちょっとびっくりしましたがw
なるほど、たしかにそれは『太朗のひまわり』だわ
主人公と太朗の間にあったであろうしっかりとした絆が、そうした形で実ったと考えたら、毎年の開花を願いたくなるかもしれないですね
また、ハムスターとしては長命だったことから、いっしょに太朗を看取れた気分にもなれてとても美しい終わり方だと感じました
読めてよかったです、藤和さん、ありがとうございました!
花村萬月先生の本を読む前に、自分が今ぼんやり考えていることを整理しておく
・純文学
フランスの文学畑では、10%くらい意味がわからない内容が含まれていないと評価されない、なんていう内容のツイートを見かけた
まあそこまでとは言わないけれども、一般的には読みづらい部類に入るのではないだろうか 綿矢りささんとかはめっちゃ読みやすいけどね
その読みづらさの核となっているものは、たぶん表現とか描写の問題で、画的にはっきりと見えたとしてもそれを意味付けできない、けれど印象深く作品の特徴となりうる要素、ではないかなあ
そういう意味で、読み手の個々の感想に全力で身をゆだねて結論を提示しないのが純文学的だ、と感じる 書くの難しい
・ミステリー
文章の美しさ、みたいな純文学性は求められない むしろしっかりとした解答が必要という意味で純文学とは真逆 書き手に個性的な人がとても多い
書くの難しい
・SF
よくわからない 書くの難しい
・時代小説
ウィキペディア先生によると『過去の時代・人物・出来事などを題材として書かれた日本の小説。』とのことだ 日本の小説! なぜだ! 米文学入ったってええやろ!
そしてわたしは『今』の時代小説があったっていいじゃない派
書くの難しい
---------ここまで一般文芸----------
・キャラ文芸
登場人物に重きが置かれており、その成長や葛藤がテーマになっている文芸
表紙やタイトルはややラノベ調だけれど、挿絵がないことが特徴
ラノベと一般文芸の真ん中あたり
書くの難しい
・ジュブナイル
これすごく迷うんだけど一般文芸な気もする なぜなら書き手がオトナチックな気がするから とりあえずこっちに入れておく
ティーンエイジャー向け ジュブナイル・ポルノというジャンルもあるから、ハイティーン向けとも言えそう 学園SFモノが多い?
書くの難しい
・ライトノベル
中学生が問題なく読める小説 R描写がないだけではなく、表現や言い回しにおいても誤読を誘うようなものが極力少ない文章であること
読みやすい文章を書けるスキルは賢くないと持てないよね
表紙やタイトルがわかりやすく、挿絵があり、随所に読みやすさを支える工夫がある
書くの難しい
・児童文学
小学生が問題なく読める小説 夢がつまったもの、未来展望が明るいもの、困難に立ち向かう内容であっても希望に満ちあふれている必要がある
(おばけが主人公とかではないかぎり)死を予感させたり、その選択肢がある表現が避けられる傾向
書くのガチで難しい
***つっこみをもらい追記***
人魚姫やフランダースの犬みたいな、悲劇系も児童文学やないか
→せやな
↑の認識は、KADOKAWA つばさ文庫系を念頭に置いていたからです、すみません
**********
・幼年童話
絵本 時代によって表現の規制があったりなかったり
書くの難しい
・Web小説
上記すべて 玉石混合とりどりみどり カオス
だれでも書き始められる 包容力の点でも裾野の広さでも海のよう
……じゃあエンタメってなによ????
と考えると、純文学以外、ってことになる、かなあ
今月はこの本を買おうと思っている
たった独りのための小説教室
https://honto.jp/netstore/pd-book_32704255.html
友人に勧められたのもあるけれど、なにより花村萬月先生だ
わたしあの方の選評すきで
作品はわたしが苦手系だと聞いているのでまだサンプル文章しか読めていないのだけれど
この本から花村先生デビューしようとおもいます、はい